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暑さ寒さも彼岸まで。やっと朝晩は涼しくなってきました。
日中の気温、湿度はまだ少し高く、10月一杯はこのような気候なのでしょうか?
秋らしい天候が待ち遠しいです。
イベントや行楽のシーズン到来ですが、今年はいつまでも汗が付き物のようですね。
今回でスウェーデンからフランス・パリまでの旅行は終わりです。
最後は「芸術家の庭」をご紹介します。
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パリに残る芸術家の庭で代表的なのは彫刻家オーギュスト・ロダンのものです。
現在はロダン美術館として公開されています。1728年にロココ様式で建造され、一時期ビロン元師(フランス衛兵隊の総司令官)の所有でビロン館と呼ばれ、19世紀には教皇特使やロシア皇帝も使用した由緒ある建物です。
ビロン元師は建物には殆ど手を加えなかったようですが、庭園をパリ有数の美を誇る姿に変貌させたそうです。その後修道会の手に渡り、華美な装飾が拝され、修道会の手を離れた後はリケルやコクトー(詩人)、マティス等の芸術家が暮らす場となっていったようです。
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ロダンは1908年から亡くなるまでの10年間をアトリエとして使用し、1911年にフランス政府がビロン邸を買い取る事になったとき、ロダンは自分の彫刻やコレクションを国家に寄付する代わりに美術館として残して欲しいとの提案をしたそうです。
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ロダンの死後1919年に美術館として開館したそうです。
庭園もフランス様式とイギリス様式とを併用した素晴らしいもので、その中にロダンの彫刻が点在しています。
建物もパリで最も美しいロココ建築の一つです。
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建物から庭園に入っていく途中現れたのが「地獄の門」です。
あまりに有名な彫刻の一つです。日本でも国立西洋美術館にありますが、(鋳造技術が実現し、現在世界に7つのブロンズ像が存在する)本物をみるのは感激の一言。初めてです。
(写真右:「国立西洋美術館の地獄の門」)
身震いしてしまいました。
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手前の望遠鏡を覗くと門の上部中央に「考える人」が置かれているのがハッキリと見えます。
本来はパリの装飾美術館の入口門扉の製作を政府から依頼され、ダンテの愛読者であったロダンは「神曲」を表した彫刻の連作を制作する予定でしたが、次第に構想が変化し、ボードレールの「悪の華」に表現された「地獄」の世界に踏み入ったそうです。
結局は装飾美術館での日の目を見る事はなく、ロダンは終生この大作の製作に取り組んだと言われています。ロダンの多くの独立した作品が「地獄の門」に関連して生み出されているそうです。
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こちらは庭園に置かれた「考える人」です。
一箇所からだけではなく四方から見る事ができます。
何を考えているのでしょう?
彫刻はダンテの姿であったり、ロダン自身であるとか!
「地獄の門」の後、「考える人」は発表されますが、何を考えているのかは観賞した人が個々に考える事なのでしょうね。
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庭園はバラが咲き乱れ、コニファーは全て円錐形に成形され、フランス様式の典型的な作庭になっています。
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本邸の庭はシンメトリーになっており、中央の芝生と両サイドの通路、さらに両脇の植栽が・・・。
植栽はブナ林を中心に生垣状に刈込まれ、その周囲はマロニエ。奥行きの深さや全体の広さを強調しています。
中央奥には円形の池が設置され、その中央にもロダンの彫像が置かれています。
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池側から建物に向っての景色です。
ロココ調の建物とその風景、物思いに耽るにはうってつけの場所かもしれませんね。
パリの街中にこれだけのスペースと緑が豊富にある庭園(美術館)、主な作品を点在させた野外美術館になっています。
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訪れた季節は7月。両脇の植栽はアジサイを中心に花盛りでした。
アナベル、カシワバアジサイ(Hydranger quercifolia)、ミナズキ(Hidranger panicnlate)、ガクアジサイ等日本でも馴染みの深い植物ですが、背景や環境の違いでしょうか、別の植物のような感じられました。
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奥の池回りです。整然とした刈込みと各所に置かれたベンチでは本を読む人、庭を眺めながらくつろぐ方々がいます。
アーチのような刈込みを抜けると、自然林が周囲を、外周を回遊できるようになっています。(カフェテラスや数々の彫像あり)
ゆっくりと植物や彫像を眺めながら、わずかな時間でしたが心穏やかな一時を過ごしました。
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最後に見た彫像は「カレーの市民」。
百年戦争時のフランス港カレーがイギリス軍によって一年以上包囲された際の出来事に基づいて作成された彫像です。
本来なら戦勝記念のモニュメントなのでしょうが、この彫像は英雄ではなく、陰気な自己犠牲や死に直面した恐怖などが描かれています。
庭園は自然との調和が素晴らしく、彫像の時代の背景を知ってみると、見方や考え方が異なる、感慨深い美術館でした。
パリへ行かれた際には是非一度は足を運んで頂きたい場所の一つです。
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その他では、ブールデル美術館やザッキン美術館なども彫像好きならば是非見て頂きたい美術館です。
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アントワーヌ・ブールデルの家で現在はブールデル美術館として公開しています。ロダンとは異なり現代的な彫像が印象的です。
「芸術家の庭」は元々がアトリエであり、住居なので、自然のまま放置されている庭が殆どでした。(ロダン美術館は別ですが)もちろん彫像が最優先ですので、草花が主張する必要がないのですね・・・。
今回は時間の関係もあり、パリの庭園のほんの一部しか見る事は出来ませんでした。
パリを取り巻くイル・ド・フランス(フランスの島の意)、もう少し足を伸ばせば、ヴェルサイユやヴァンセント、パリ花公園と様々な公園・庭園が沢山あります。
王の庭師と呼ばれたル・ノートルのヴォー・ル・ヴィコント城、ノルマディーやブルターニュまで行けば、モネの家やカン植物園、クータンス植物園、一度は足を運ばなくては、と思っている場所が溢れています。
植物中心に巡る旅はただ観光だけではなく(もちろん観光でおのぼりさんにもなりましたが)目的意識は必要ですね。
最後にパリの風景や街並み、ごく普通の公園などを紹介しましょう。
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セーヌ川 |
ルーブル美術館の周辺 |
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街路樹は歩道の広い部分にしかありませんでした。
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パリのアパルトマン |
どこかの通りで見かけた果物屋さん |
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よく見かけるハンギングバスケットですが、朝晩この下を歩く時は要注意!
ペットボトルで水をかけていました。
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セーヌ川沿いの街路樹の下を歩いていると、ちょっとした植え込みが目につきます。
別に公園でもなんでもない場所です。
斑入り葉のカンナとインパチェンス、グラス類。
どんな管理をしているのか・・・興味津々です。
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街中の公園はフェンスで囲まれていて、日本の公園と同じような姿をしていますが、違っているのは入口に掛けられている表示板。
「HEURES DE FERMETURE」?
訳すと「何時間もの閉鎖」です。
年間を通して各季節で使用時間が決まっているようです。
夜は使用禁止。施錠されるのだと思います。
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公共の公園であっても、一定の秩序をもって管理をされているのですね。
今回色々と調べていると、パリの役所の事情が少しわかりました。
パリ市は人口220万人に対して市の職員が40万人。(これは失業対策も兼ねていて、特に教師が多いらしい)
そのうち4000人がパリ市内(今までご紹介した公園・庭園など)の緑の維持管理を行う緑地部に属しているそうです。(2002年10月現在)
4000人の内、200人が管理職員、800人がガードマン、残りの3000人が造園の職人さんだそうです。
人数は占める割合が大きいようですが、緑地部の予算は市の予算の3%程度だとか・・・(フランス番外編より参照)
全体の予算はわかりませんが、それが多いのでしょうか、それとも少ないのか・・・?
造園の職人さん? 公務員が直接管理を行っているのでしょうか。日本の事情はよくわかりませんが、造園職の方が直接手を下す事はありませんよね〜
様々な公園を見てきましたが、特に花を使っている部分は一応にして言える感想は、「楽しんで作ってる(植えている)よね」です。
観光収入も大きいのでしょうが、その分レベルも上がってこなければならないし評価もあるでしょう。
これ以上の事情はわかりませんが、公園(花壇など)を作る、守る事に対しての根底の考え方、楽しみ方の違い、生活や風土の違いを感じざる追えません。
私達も生活様式が少しずつ変化し、その変化に順応してきてはいますが、古いものはそれなりに、新しい物にもそれなりの考えをもって対応しなければならないようですね。
ほんの一週間の旅でした。偉そうな事は言えませんが、同じ造園を志すものとして切磋琢磨を怠ってはいけない事を実感しました。
真似るのではなく、日本・北九州の土地柄そして文化に合った、造園を、街づくりを、実行できれば有意義なものになりますよね。
数回に渡り庭園・公園・植物園・美術館等、紹介させて頂きました。
機会があれば是非一度足を運ばれて見ては如何でしょう。
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御園 和穂
(10/10/01掲載)
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