アイリス
 4月は花冷えがしたり安定しない天候が続きましたが、5月に入ると気温も上がり、安定した気候になりました。
 木々も芽吹き、一年で一番清々しい時期です。抜けるような青空の下、ヒバリがせわしなく飛び回っています。
 風薫る緑の季節がやってきました。

 今回は「アイリス」と呼ばれるアヤメ科の植物をご紹介します。
 ハナショウブ、カキツバタ、アヤメ、キショウブ、イチハツ、ジャーマンアイリス(ドイツアヤメ)、ダッチアイリス(オランダアヤメ)等の学名が「アイリス」です。

 「アイリス」とはギリシャ語で「虹」を意味します。ギリシャ神話の虹の女神イリスと重ねられ、豊饒(ホウジョウ:土地が肥える事)と死の象徴とされ、また、根茎は医薬品として珍重されました。
 ヨーロッパでは古くから多くの人々に愛された植物だったようです。
 デューラー、セザンヌ、ゴッホも「アイリス」を沢山描いています。
左から デューラー、セザンヌ、ゴッホ
 日本に自生するアヤメ属の中でも、ハナショウブ、カキツバタ、アヤメはあまりにも有名で、古くから親しまれてきた植物です。
 「いずれがアヤメかカキツバタ?」と言われますが、意外に見分けが付きにくく、知っているようで知らない花なのではないでしょうか。
ハナショウブ
カキツバタ
アヤメ
 代表的な三種類を挙げてみました。
 まずは、ハナショウブ。
 学名:Iris ensata アヤメ科アヤメ属の多年草。原産地:日本
 ノハナショウブの園芸種で5月下旬から6月に花を咲かせます。花の大きさは品種によって異なりますが、直径15cm〜30cmと大きく、花茎の先に2個の花を咲かせます。高さは60〜120cm程度。最初の花が終わり、数日たつと2番目の蕾が育ち始め開花します。花色は紫、白、ピンク、絞り、青、黄色等、品種は5000種を越えるといわれています。
 江戸時代に野生種のノハナショウブを基に品種改良されたもので、葉がショウブに似ていて、美しい花を咲かせることから「ハナショウブ」という名が付きました。
(←ショウブはサトイモ科の植物、中央が花)
 ちなみに端午の節句の時のショウブ湯の葉はこの葉を使います。
 本来はお湯で使うのではなく、香りが強いので魔よけとして軒先にかけていたとの事。
 花の艶やかさでは、カキツバタやアヤメを上回る優美さがあり、「花菖蒲」として多く栽培がされてきました。
 また、その美しさに魅了され、肥後(現在の熊本県)や伊勢(現在の三重県)でも盛んに栽培されました。
 現在、江戸系、肥後系、伊勢系の三つの系統に大別されています。
 江戸系は、江戸時代中期頃に旗本松平左金吾が長年に渡り作出した品種を記した「花菖培養録」が現在の栽培品種の基礎になったとされています。
 江戸系の特徴は、群生したときの美しさや花の形が三英咲き(サンエサキ)といって外側の花びらのみが大きい物や六英咲き(ロクエイサキ)と言われる内側、外側両方の花びらが大きい物などバラエティーに富んだものです。
 肥後系は、細川藩主が守った門外不出の「肥後六花」の一つで、大輪の花を咲かせます。主に鉢物で鑑賞されるものです。
  ※肥後六花(ヒゴ ロッカ)とは。
   熊本の細川藩細川藩主が武士のたしなみの一つとして植物の栽培に力を入れた六つの植物
   (椿・芍薬・花菖蒲・朝顔・菊・山茶花)の事。
 伊勢系は、独自で栽培がされた物で、三英咲きが主体の花びらが垂れ下がる品種が最大の特徴になります。
 花が開く際、変化する花の姿が魅力的とされています。


 ハナショウブはその美しさから、絵の題材としても重用され、歌川広重の「名所江戸百景 堀切の花菖蒲」は有名です。
 また、初夏の和菓子にもかかせない、花材のようです。
 ハナショウブは主に湿地や水辺で栽培をされ、日向を好みます。
 カキツバタ。
 学名:Iris laevigata アヤメ科アヤメ属の多年草。原産地は日本、朝鮮半島、シベリア。別名:顔佳花(カオヨバナ) 漢字名:杜若、燕子花(カキツバタ)
 湿地帯に群生し、5月〜6月にかけて開花します。古くから日本人には親しまれていたようで、万葉集にもカキツバタを詠んだ歌が残っています。
 名前の由来は、花を衣にすりつけ染色したことから「書き付けの花」と呼ばれ、その言葉が訛って「カキツバタ」になったと言われています。
 ハナショウブに比べると、カキツバタは品種が少なく、茎の先端に3つに分かれて花を咲かせます。
 花茎の高さは50〜70cmほどで、花の元の部分が黄色又は白斑で、殆どが紫色の花です。白や濃い紅色や葉に白く筋が入るものなどがあります。
 平安時代、清少納言がカキツバタの「紫色」がいかに高貴な色であると書き綴り、紫色に咲くその姿の美しさは格別であると記されています。
 緒方光琳 「燕子花図」(カキツバタズ) 江戸中期、有名な屏風です。
 江戸時代後半、ハナショウブはその美しさゆえに多くの品種を作出してきましたが、カキツバタは美しい花ですが、少し地味だったのでしょうか?あまり注目されなかったようです。
 現在、人気で品種改良が進められているようです。
 日当たりの良い湿地帯を好みます。切花で出回り、最近では四季咲きもあるようです。

 アヤメ。
 学名:Iris sanguinea  アヤメ科アヤメ属の多年草。原産地は日本、朝鮮半島、シベリア、中国東北部。別名:花あやめ、白あやめ。漢字名:菖蒲
 名前の由来は、剣状に伸びる葉の姿が文目模様(アヤメモヨウ)のようであった事から。また、貝原益軒が記した日本釈明の中にある「あやはあざやかなり、めはみゆるなり、たの草よりあざやかにみゆるなり」、『あざやかな目』から。
奈良時代に漢の国からきた女人を「漢女」=「あやめ」と呼ばれ、彼女達が端午の節句にかざった草を「あやめ」と呼んだ。など、様々な説があります。
 アヤメは花びらの根元に網目模様が入り、ハナショウブやカキツバタにくらべると、やや小型です。葉もカキツバタより細く、花茎は30〜50cm程度。
先端に2〜3個の花を付けます。  花色は紫、白、藤色、2色が混ざった物、縦じまが入った物などがあります。
 花時期は5月で、ハナショウブやカキツバタと異なるのは、乾燥した日の当る場所、傾斜地を好むことです。
 欧米では多色多彩な品種が作出されています。
 その他に、キショウブ(黄菖蒲)。
 ハナショウブに似ていて、花の色が黄色いことから、黄いショウブと呼ばれています。
 ヨーロッパや北アフリカなどに分布し、帰化植物でとても堅強。花径は8cm程度で花びらの元の方に茶色い網目があります。
 ハナショウブとは見分けが付きにくいのですが、葉を太陽に翳すと、葉脈の間に緑色の斑点があるのがキショウブです。日当たりの良い湿地を好みますが、乾燥にも強いです。




 イチハツ(鳶尾)。 
 アヤメ類の中で一番早く開花するので「いちばんお初」から「イチハツ」と名づけられました。
 原産地はビルマ北部、中国中央部から南西部。
 アヤメによく似ているが、花の中央部分に白い房のような突起があります。
 とても丈夫で寒さや乾燥に強く、根がよく張るので「厄除け」だとおもわれますが、昔の茅葺き屋根のてっぺんに植えられていました。
(歌川広重の木曾の宿場を描いたもので、屋根の上にイチハツらしきものが描かれています。ちなみに雷よけとの解説がありました。)


 ヨーロッパの「アイリス」です。 ジャーマンアイリス。
 日本の高温多湿の夏は苦手ですが、花壇植えや鉢植えで育ちます。花が大きく、色も鮮やかで、フリルのように波打つ花びらは、妖艶な美しさを持っています。開花は4月〜5月。


 ダッチアイリス。
 オランダで作出されたもので、ダッチ(オランダの)・アイリスと呼ばれています。
 カキツバタに似ていて、ジャーマンアイリスより小型です。株の中央から比較的太い茎を出し、先端に数個の花を付けます。
 切花用として親しまれています。       (写真:植物図鑑参照)
 日本のアイリス、海外のアイリスを紹介しました。
 結構身近な植物ですが、見過ごしていたような気がします。
 春サクラが咲いて、新緑の季節を迎え、その後咲き始めるのが「アイリス」です。
 ハナショウブ、カキツバタ、アヤメ、それぞれに特徴があります。これからは「見分け」も出来そうですね。
 清々しい季節にふさわしい花です。
 5月、6月はショウブ園を訪れてみたいと思います。


御園 和穂  

(13/05/01掲載)  

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